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AIで効率化した分を申告すると評価が下がる — 工数を重みにした評価制度の算術

AIで効率化した分を申告すると評価が下がる — 工数を重みにした評価制度の算術

参考: AIで仕事を効率化したら、なぜか僕の仕事だけ増えた話

まとめ

  • シャドーAIを「共有すると損だから隠す」で説明したくなるが、実際に調査された動機の上位は禁止と詮索の回避だった
  • 工数を重みにした評価制度では、効率化への加算に天井がある一方、工数が減ることによる影響の縮小には天井がない
  • 重み付け平均で試算すると、効率化の加算を満額取っても総合点が下がる場合がある
  • 差は「AI活用を評価するかどうか」ではなく、評価の主軸が投下量か産出量かにある

8時間かかっていた仕事を4時間で終わらせれば、4時間が浮く。

そう思っていたら、その仕事が「4時間で終わる仕事」に再定義された。空いた4時間には別の仕事が入り、給与は変わらない。冒頭に挙げた匿名記事の話だ。効率化とは仕事を減らすことではなく、同じ時間に詰め込める仕事を増やすことだった、という結論になっている。

この感覚には裏付けがある。生成AIを仕事で使っても、なぜ私たちは忙しいままなのかによれば、生成AI利用者のうち実際に労働時間が減ったのは25.4%にとどまり、日本の労働統計を見ても総労働時間の有意な減少は起きていない。効率化しても時間が返ってこないのは、個人の不運ではなく既定値のほうだ。

匿名記事はここから、優秀な人ほど本当に効く活用法を共有しないという話に進む。共有した人だけが損をするから、と。いわゆるシャドーAIである。この言葉を見て、腑に落ちた感覚があった。

隠す理由として挙げられたもの

隠す行為そのものは、複数の調査で実証されている。米国では申告せずにAIを業務で使ったことがある人が45%、利用について完全に透明ではないと答えた人が69%承認されていないツールを使っているという回答も59%ある。

ところが動機を見ると、匿名記事の説とは合わない。上位に来るのは「禁止されるのを避けたい」(39%)と「上司や経営からの詮索を避けたい」(33%)で、定性的には「ズルをしている」「怠けている」「能力が低い」と見られる恐怖が挙がる。期待値だけ上がって損をするから、という損得計算は上位に観測されていない。

帰結が同じでも原因が違えば処方箋も変わる。損得の問題なら報酬設計で解ける。恐怖の問題なら、解くべきは利用許可と心理的安全性のほうだ。

では損得のほうは、本当に関係ないのだろうか。

工数で重み付けするという設計

日本企業の人事考課でよく見る成果評価の型がある。だいたいこういう作りだ。

  • 達成度100%をベースとして、そこから加減算する
  • 期限どおりか、見積もり工数に対してどうか、といった観点で調整する
  • 一定以上の工数のチケットだけを採点対象にする(軽微なものは評価の精度が落ちるため)
  • 各チケットの評価点を、工数で重み付けした平均として集約する

この型のなかで、効率化はきちんと評価される。「少ない工数で完了した」は加算要素として明記されていることが多い。私が確認した範囲でも、効率的に完了したケースには加算が入る設計になっていた。

引っかかるのは加算の幅と、重みの側だ。

効率化への加算は、たとえば+0.1から+0.3といった小さな幅で止まる。工数のほうは重み付け平均の分母そのものなので、効率化して工数が半分になれば、そのチケットが総合点に及ぼす影響も半分になる。工数が閾値を下回れば、採点対象から外れて影響はゼロだ。

加算には天井があり、重みの減少には天井がない。

三件のチケットで試算する

3件のチケットを担当した月を考える。

チケット 工数 評価点
A 25h 3.4
B 22h 2.8
C 10h 3.0

工数で重み付けした平均は、(25×3.4 + 22×2.8 + 10×3.0) / 57 ≈ 3.10 になる。

ここでAIを使い、Aを25hから10hに短縮したとする。成果は同じで、効率化の加算を満額+0.3取れたので、Aの評価点は3.7に上がる。

再計算すると、(10×3.7 + 22×2.8 + 10×3.0) / 42 ≈ 3.06 に下がる。

満額の加算を取ったのに、総合点は下がった。平均より高得点だったチケットが重みを失い、全体が低いほうへ引っ張られたからだ。

正確に言えば、符号は一律ではない。平均より低いチケットを効率化したなら総合点は上がる。得をするかどうかは、たまたま効率化した案件が平均より上か下かで決まってしまう。ただ、効率化のリターンが小さな幅で止まる一方で重みの減少に天井がないという構造は、どちらに転んでも変わらない。工数を積んだほうが確実に効く、という結論も残る。

投下量か、産出量か

海外では、AI由来の生産性向上を報酬に反映する動きが出ている。株式付与や利益分配プールを絡めた報酬、AI利用枠を福利厚生に含める例、社内ハッカソンの成果に一時金を出す例。日本でも、生成AIで浮いた分を給与維持のまま週休3日として返したスタートアップが報じられていた。

これらを並べると、差がどこにあるのか見えてくる。評価の主軸が、投下した量なのか、産み出した量なのか。そこが違う。

工数を重みにした制度は、投下量を主軸にしている。AIが改善するのは産出を時間で割った比率だが、制度が見ているのは分母の絶対量だ。比率がどれだけ良くなっても主軸には届かない。届く経路は小さな加算項だけで、そこには天井がかかっている。産出に報いる設計なら、同じ改善が主軸を直接動かす。

だから、AI活用に敵対的な制度でなくても、加算項目がちゃんと用意されていても、主軸が投下量である限り効率化を申告する動機は構造的に弱い。申告して得られる最大が1割程度の加算で、失うのが天井のない重みなら、算術として不利になり得る。

匿名記事の「期待値が上がるから損」とは経路が違う。こちらはもっと素朴で、計算すると合わないのだ。

自分の制度がどちら側か見分ける

見分ける質問はひとつでいい。成果評価の集約は、何で重み付けされているか。

工数や時間で重み付けされているなら、投下量が主軸だ。その制度のもとでは、効率化して浮いた時間で別の案件を積むほうが評価上は有利で、効率化そのものを申告する動機は弱い。制度を設計する側から見れば、AI活用を促したいのに人が動かない理由は、意識やリテラシーではなく重み付けの式に書いてある可能性がある。

加算項目を足すだけでは足りない。天井のない重みと天井のある加算を並べている限り、算術は変わらない。

隠す人を責める話ではないと思っている。式がそうなっているだけだ。

ただ、では産出量を何で重み付けするのか、という問いには自分もまだ答えを持っていない。工数はひどく都合のいい代理変数で、測りやすさだけは圧倒的に勝っている。そこを手放した制度が実際に回るのかは、まだ見ていない。

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