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「AI時代にアジャイルは時代遅れなのか」の反論の筋道

「AI時代にアジャイルは時代遅れなのか」の反論の筋道

参考: AI時代にアジャイルは時代遅れなのか

AI時代にアジャイルは要らなくなった、という意見に対して、この記事がどういう順で反論しているかを書き留める。

不要論が挙げる2つの変化

表1: 不要論の根拠になっている変化

変化 現場で起きていること 出てくる主張
開発の速さ AIで開発が速くなり、1〜2週間のスプリントや会議、チケット管理が重く感じる スクラムイベントがオーバーヘッドになった
進め方 AIコーディングエージェントに要件を書いたドキュメントを渡し、調査、仕様化、設計、実装と段階を踏む アジャイルよりミニウォーターフォールだ

手法と考え方は別の層

記事はまず開発手法と開発の考え方を分け、スクラムはアジャイルの考え方に沿ったフレームワークの一つで、チームに導入すると開発手法として働くもの、と位置づける。 アジャイルは考え方のほうで、特定の手法ではない。

その中身は、初期の分析と契約どおりに作ることをゴールにせず、不確実性を受け入れて変化に適応すること。 短いサイクルを繰り返すのは、気づきや変化をできるだけ早く拾って、以降の開発に取り込むためだ。 ドキュメントや段階的なプロセスは否定していない。 アジャイルの原則に沿わないのは職能別の完全分業のほうだという。

この区別に当てはめると、不要論の2つの変化はどちらも手法の変化で、考え方を否定するものではない。

AIの速さの使い道

記事は、速く作れることの恩恵を「より早く、より多くの機能をリリースする」ことに置かない。 それだけを目指すと、使われない機能を量産しかねないからだ。

恩恵は、反復的、漸進的に作ってリリースし、変化に適応し、価値を検証するフィードバックループを持てることだとしている。 理由として、人は机上の分析だけでは正解を当てにくく、使う側も自分が何を欲しいのか初めから分かっているとは限らない点を挙げる。

プロトタイプと職種の境界

早く気づくための手段として、プロトタイピングは以前からあった。 ただ、動くソフトウェアで作るにはコストがかかるので、ペーパープロトタイプで済ませたり対象を絞ったりしていた。 AIによって、本番品質を前提にしない使い捨てのプロトタイプを安く速く作れるようになった。 記事は、プロダクションコードをユーザー価値の単位で少しずつ作る進め方では内部構造をどこまで整えるかの判断が難しく、使い捨てのプロトタイプならその悩みが軽くなる、とも書いている。

バイブコーディング(人がコードを書いたり読んだりせず、動作を確かめながらAIに指示を繰り返して作る手法)で、プロトタイピングのハードルはさらに下がった。 企画担当者やデザイナーもプロトタイプを作れるようになり、できたプロトタイプが仕様を具体的に伝える手段になる。 プロトタイプからプロダクションコードへの書き換えにもAIを使える。

記事の結論は、職種を越えて動くソフトウェアを囲み、反復的に検証しながら漸進的に価値を形づくれるようになった以上、AI時代にアジャイルは不要になるどころか、よりアジャイルに開発を進める手段を得た、というものだ。