Why をやめると、負担は問う側に移る
まとめ
- Why をやめると人格への圧迫は消えるが、謝罪で場を閉じる手段も同時に消える。答える側には具体的な次の行動が求められるので、人によってはむしろ答えづらくなる
- 消えた負担は問う側に移る。「何が見えていたか」「どこまで伝わっていたか」で出てくる原因は指示や仕組みの側にあるので、直すのは聞いた本人になる
- 移った負担を引き取らないなら、Why をやめること自体が裏目に出る。質問の形だけ変えて後始末をしない状態は、Why より終わりが見えない
米国で管理職をしていたときの研修で、問題追及に「なぜ」を使うなと習った。 代わりに何が起きたか、どこに問題があったかを聞く。 実際には、その時点で何が見えていたか、どこまで伝わっていたかを聞く形にした。
謝罪という通貨が使えなくなる
やってみて気付いたのは、圧迫感が減った代わりに、相手が答えづらそうにする場面があることだった。
「なぜ」で問い詰められていた頃、答える側にはひとつ確実な手があった。 なんとなく謝る。 これで場が閉じていた。
「何が見えていたか」はそれを受け付けない。 謝っても質問が残るので、事実を出すまで終わらない。 人格は無傷なのに、逃げ方がない。
あれは安全だったのではなく、安く済んでいただけだと思う。 原因が仕組みの側に残ったまま場が閉じていたので、次も同じことが起きていた。 とはいえ、その安さで生き延びてきた人にとっては、手持ちの札が一枚消えたことになる。
何が交換されたのか
表1: 同じ場面で、質問形式によって何が変わるか
| 殴られるもの | その場の終わり方 | 終わらせる主体 | 対策を実行する人 | |
|---|---|---|---|---|
| なぜ | 人格 | 頭を下げれば終わる | 答える側が単独で終わらせられる | 答える側(本人の心構え) |
| 何が / どこで | なし | 事実が出るまで終わらない | 双方が材料を出さないと終わらない | 問う側(指示・手順・導線) |
右端の列がこの話の本体である。 「なぜ」は原因を相手の中に置くので、対策も相手の宿題になる。 何が見えていたかを聞くと、原因が指示や手順の側に出てくるので、直すのは聞いた本人になる。
「なぜ」が使われ続けるのは、たぶん楽だからだ。 研修でわざわざ禁止しないと定着しないのは、そのせいだと思っている。
作業の遅れを報告してもらえなかったとき
先日この場面に当たった。 言いたかったのは「なぜ遅れている」と「なぜこんなになるまで言わなかった」の二つで、どちらも堪えた。
堪えたのは正解だったと思う。 後者を聞くと返ってくるのは「すみません」か「言いにくかったです」のどちらかで、どちらも次に活かせない。 知りたいのは言わなかった理由ではなく、いつなら言えたかである。
ただ、堪えたあとに自分が出した言葉が惜しかった。 「作業を始める前に何をすればよかったかな。具体的な指示?」と聞いて、そのまま「形式的な確認じゃなくて踏み込んだ確認をしたほうがよかったね、気を付けるね」で閉じた。
問いを立てた直後に候補を自分で出しているので、相手は「そうですね」で終わる。 相手の中にしかない情報が出てこない。
言い換え前
「なぜこんなになるまで言わなかったの」
自分が出した言葉
「作業を始める前に何をすればよかったかな。具体的な指示?
形式的な確認じゃなくて踏み込んだ確認をしたほうがよかったね。気を付けるね」
聞くべきだったこと
「遅れそうだなと思ったのはいつ?」時点は事実なので答えやすい。 そして答えによって直す場所が変わる。 三日前なら報告の閾値が共有されていない話で、今日の朝なら進捗が本人にも見えていなかった話になる。 ここを聞かずに指示の粒度の話へ飛ぶと、間違ったところを直すことになる。
「気を付けるね」で終わらせない
自分の側の問題として引き取ったところまでは合っていた。 着地が精神論だったのが失敗である。 気を付けるは再発する。
引き取るなら仕組みで引き取る。 この場面なら手は限られている。
- 1日でも遅れそうと思った時点で言ってもらう。早すぎる報告で怒らないと先に言う
- 水曜の夕方に5分だけ進捗を聞く時間を作る。本人が言い出さなくても済む導線を用意する
- 着手前に、完成した状態を口で説明してもらう。指示の粒度をこちら側で確認する
三つめは今回の場面には直接効かないが、そもそも遅れの原因が指示の曖昧さだった場合に効く。 どれを選ぶかは、さきほどの「いつ気付いたか」の答えで決まる。
一番危ないのは、形式だけ変えた状態
研修で「なぜを使うな」という言葉だけが配られて、質問の形は変わったが後始末は引き取らない状態が、おそらく最悪の組み合わせになる。
痛みは減っているので表面上は改善に見える。 当人も自分は適切にやっていると思っている。 しかし答える側から見ると、答えても何も直らない質問に毎回付き合わされるので、「なぜ」より終わりが見えない。
多くの組織で起きているのはこれではないかと思っているが、実測はしていないので推測である。
自分の場合は、聞き方を変えたところまでで満足していた。 「気を付けるね」と言った時点で、移ってきた負担を相手に返していたことになる。 次に同じ場面が来たら、まず時点を聞く。