「目的を変えた記憶はない」と言われたとき、上司と部下の決め事はどこで抜けていたか
まとめ
- 目標は、それを取るために何を諦めるか(期間かコストか)とセットで決める。目標だけ決めると、現行のスケジュールがその目標を織り込まないまま進み、両者の食い違いに誰も気づかない
- 結論を自分の中だけで出して終わらせず、相手に伝わる形で確認をとる。確認しないまま進むと、上司も部下も自分に都合のいい側で「決まった」と思い込む
- 前提が変わったら、その前提に乗っていた決定を維持するのか変えるのかを 1 つずつ確認する
- 記録は自分を守るために使う。相手が間違っていても、記録で相手を責めない
何が起きたか
とあるプロジェクトでのこと。 キックオフ前の打ち合わせで、上司は同僚の到達目標を「私抜きで本番作業をできるレベル」と定義した。 もともと私が「入れ替え可能な人がほしい」と要望していたこともあり、その場で目標として置かれた。
私は、そのレベルを目指すなら同僚に環境をみっちり教えてから作業に入る必要があり、進め方もスケジュールも変わると伝えた。 上司は「レベルを下げれば早くなる。下げてよいかはまずあなた次第」と返した。 そのあと話題が移り、答えは出ないままになった。
1 週間後のキックオフで、同僚に作業を引き継ぐ前提がなくなった。 私はこれで「入れ替え可能レベルも要らなくなった」と受け取り、教育の時間を積まずにスケジュールを組んだ。 上司にその解釈を伝えて合意したことは、一度もなかった。
2 か月後、手順書のレビュー会で上司が「同僚も本番をできるようにするのが目標だったはず。目的を変えた記憶はない」と言った。 その場で議論があり、最後は上司が「スケジュールに入っていないなら、もうやらなくていい」と決めた。
どこで決め事が抜けたか
当時の議事録と文字起こしを読み直すと、上司も私も事実と違うことは言っていなかった。 抜けていたのは、決め事の手順のほうだった。
表1: 決め事の抜け
| 決め事の要素 | 今回どうなっていたか | こうしておけば |
|---|---|---|
| 目標と代償 | 「私抜きで本番をできるレベル」を決めたが、期間とコストのどちらを削るかは決めなかった | 「このレベルを取る代わりに期間を N 週延ばす」まで書いて合意する |
| 問いの持ち主 | 上司が「下げてよいかはまずあなた次第」と投げ返し、誰も答えなかった | 問いごとに誰がいつまでに答えるかを決め、答えが出るまで議題に残す |
| 前提の変更 | 引き継ぎの前提がなくなったが、それに乗っていた同僚の目標は見直されなかった | 前提を変えたときに、依存する決定を挙げて「維持」か「変更」かを 1 つずつ確認する |
| 要望の取り下げ | 入れ替え可能な人は私自身の要望だった。前提が変わった後、取り下げるとは言わなかった | 取り下げは口に出し、決定として残す |
| 決定の記録 | 目標の定義も 2 か月後の決定も、会議の要約に流れただけだった | 決定は 1 行で、日付を付けて双方が見られる場所に残す |
上司と部下のそれぞれでできたこと
上司の側では、目標を出した人が、その代償も決めるのがいちばん手戻りが少ない。 目標を置いた本人が「下げてよいか」を相手に預けると、問いの持ち主が宙に浮く。 部下は「上司が決めることだ」と思い、上司は「本人が言ってこないから維持だ」と思う。 2 か月後に記憶だけで「変えた記憶はない」と言えるのは、この宙に浮いた状態があったからだと思う。
部下である私の側にも抜けがあった。 前提が変わったとき、同僚の目標が要らなくなったと判断したのは私の頭の中だけだった。 自分が出した要望を自分で取り下げるのだから、上司の判断を待たずに「入れ替え可能レベルは取り下げます。教育の時間は積みません」と言えた。 その 1 行が記録に残っていれば、レビュー会のやり取りは「キックオフの翌週にそう決めました」で終わっていた。
記録は防衛に使う
相手が間違っていても、責めない。 今回も、記録を読み直したら上司の発言は記録と矛盾していなかった。 もし矛盾していたとしても、議事録を突きつけて相手を言い負かしても、次に一緒に何かを決めるときにやりにくくなるだけだ。
記録は、自分が何を決めて何を決めていないかを示すために使う。 防衛には使うが、攻撃には使わない。 そのために、決め事は残す側に回る。 問いを投げられたら答えを書き、前提が変わったら依存する決定を並べ直し、取り下げるときは口に出して残す。
意見を求める側の伝え方については、以前「意見を求めた相手に理由を隠すと、決定より伝え方で人は怒る」に書いた。 今回は、決める側と決められる側の両方が、問いを閉じないまま進んだ話だった。